会社員、卒業してみた。

WEBメディアで働いてます。派遣社員です。好きな仕事をして幸せに、いい意味でラクに生きるためのティップスやコラムをつづっています。

週休3日生活の満足度と日常のスタイル

わたしは現在派遣で週に4日働いている。1週間のうち、3日間休みがあるわけで、当然社員やフルタイムで働いているときよりも、休みは多くなった。

 

それで、日常生活へ対する満足度はどう変わったかというと……、著しく上がった。

 

以前、まだ会社員だった頃に、休みが週に1日増えるだけで、日常生活に対しての満足度は倍以上になると思う、という記事をこのブログで書いたんだけど、その通りになった。

 

しかも、今の日常生活への満足度は70%くらいだなー、と思っていたら、「現状は30%くらいだけと、きっと70%くらいになるんじゃないか」と書いてあって、ちょっとびっくりした。

 

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でも、その後、書いた記事には、満足度80%ってあって、10%下がってる??やりたいことが増えたからかな?

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ちなみにこのときに、書いたやりたいことがこちら。

 

・日本文化や、スローライフなど自分が書きたいことを書く

・日本文化について勉強

・健康的な食事を摂る、ゆっくり食事の時間を楽しむ

・読書をする

・映画を観る

・もの作りをする

・友人と遊ぶ

・彼氏とゆっくり遊ぶ

・旅行

 映画ともの作りはあんまりできてないけど、他のことは結構できてるなぁ。あと、ダイエットや運動、夏は浴衣を着れるようになりたいと思っていたのも達成!(ダイエットは成功ではなく、本格的に始められたということです)

 

70%って低いようだけど、自分の中ではかなり高い。残りの30%は、やりたいことがたくさんあることと、やりたいことをみつけた後に掲げたことでやり遂げたものがまだ少ない、好きなことでお金をもらうという点が実現していないからだ。

 

ちなみに、週休3日で、どんな生活を送っているかというと……

 

・月曜日 仕事は休み 1人で過ごす日

午前中は、のんびり過ごして、午後は家事、読書、運動など。夕方からブログの更新やHPの作成、書籍を出したいのでそのリサーチなど。たまに、ショッピングなどで出かける。平日なのでのんびり買い物できるのがうれしい。ネットショッピングをすることも。

 

・火曜日〜金曜日 仕事

帰宅は20時半から22時の間くらい。週に1回くらいらジムに行くことも。ほか書籍のためのリサーチしたり、ブログを書いたり、遅くなった日は、家でのんびり過ごす。まれに友達や彼氏とごはんすることもある。

 

平日の休みは所要や旅行の予定などで曜日を変えることもあるが、だいたいこんな感じだ。ちなみに、わたしお酒が大好きなんですが、平日はほとんど飲みません。なんか、翌日仕事が異常にダルくなってしまうので……。

 

・土曜日

家の掃除や片付けをして、運動をする。その後は彼氏と出かけることが多い。月に1、2回は習い事や友達と会う。習い事や用事がなければ昼からお酒を飲みます。そして、夜は必ずお酒を飲みます。

 

・日曜日

ほぼ彼氏と一緒にいる。どこかに出かけていることが多いかな。季節のレジャースポットや美術館などもぼちぼち。日曜日も昼から飲みます。

 

土日は書籍やブログのネタ探しやリサーチも兼ねて、お出かけや食事を楽しむことが多い。土日一泊で旅行もまあまあ、あります。

 

誰にも聞かれてないけど、1週間を書いてみました。何かすごい特別なことをしているわけではないんだけど、一応、本を出す、作家になる、という目標のために、コツコツいろいろことを楽しんでいる。

 

今思っていることは、彼氏もいるし、やりたいことも多いし、週休3日でも自分なりに結構忙しい!ということ。時間は全然足りない。でも、フルタイムで働いていたら、もっと足りないはずなので、今のまま上手に時間を使っていかなくてはいけなく、それは自分の努力次第だ。

 

ということで、最近は、職場の飲み会も2回に1回くらいは断る、家でスマホだらだら観ない、テレビは観たい番組だけ観る、買い物はネットを積極的に活用。通勤でブログの下書きする、とか、いろいろ試して、ようやく趣味の時間や作家になるという目標に向けやりたいことをやり始め、楽しんでいるところ。

 

まだまだスタート地点だし、本を出すまでの道のりは遠いし、はやく好きなことでお金をもえるようになって、もっと自由で充実した毎日を過ごせるようになりたい、という気持ちは強い。

 

でも、今に不満があるかといったらそうでもない。好きなことでお金をもらって生きてはいないけど、わりかし好きなことをして毎日生きているので、結構満足している。

 

そして、この今の満足感は、すごく努力した結果(今の仕事に必要なスキルは苦しみながら身につけた過去があるけど)なのか?といえば、そんなことは全然なくて、ただ単に週1日休みを増やした結果だ。

 

週休3日、万歳!!

会社を遅刻するのは本当にいけないことか?

遅刻しても怒られないない世界もあるって知って欲しい

 

わたしはよく遅刻をしている。電車遅延の場合もあるけどだいたい、週いちペースかな……。

 

今の会社では、とくに怒られることもないし、自分と同じペースで遅刻している人もいるしで、不都合なことは起きていないし、正直、悪いことだと思っていない。

 

もちろん、業務に差しさわりがあったらいけないことだと思う。でも、週に1回か2回10分や20分遅刻したって、ほとんどの仕事には差しさわりはないはず……。もしあるんだったら、10分や20分残ればいいだけである。

 

遅刻するなんて社会人としての自覚が足りない、なんて言葉をよく聞いたけど、遅刻が悪行かどうかは、はっきり言って、業種や会社よって全然違う。

 

過去勤めていた会社でも、遅刻3回で欠勤とみなされる会社もあったし、タイムカードがなく、連絡しなくても15分くらいの遅刻であれば、誰にも何もいわれない会社もあった。

 

現在の会社はこのあたり緩くて、連絡はするけど、余程の頻度でしない限り、怒られることは、ない。怒られるとすると、おそらく、業務に支障がある場合だろう。

 

こういう緩い会社があり、何度か経験し、その世界に甘んじており、最近では「遅刻して怒られる」という世界は現実にあるのか?という気すらしてきた。

 

でも、かつて働いてきた会社の中には、前述したように3回遅刻をすると、欠勤1日の扱いになるという会社もあったし、接客をしていたときは、やはり重なると注意されたり、なんとなく気まずい空気が流れたりしていたから、たぶん、今でも存在するのだと思う。

 

実際に知恵袋を除いてみると、

 

>私だって好きで寝坊してるわけじゃありません。

だいたいそんなに遅刻っていけないことですかね。

 

本当に社会人ですか?

こんな事言えるのは子供ぐらいです(小学生だって遅刻は悪い事だと理解していますが)。

 

 

遅刻はそんなに悪いことか?といっただけで、こんなに非常識でやばい人扱いさてるし。悪い事だと言われている。

 

度重なる遅刻が社会人として失格だという世界は今でも存在するんだな。

 

しかも、なんとなく、過去の経験から思い出したけど、日本の会社って、電車遅延ですら、電車遅延しても遅刻しないように早めに家出ろよ、みたいな空気あるよね。ああ、厳しい……。

 

でも、正直言って、今までも自分と同じように遅刻する人はわりと存在して、遅刻ってしない人はしないけど、する人はちょくちょくするものなのではないかと思う。そして遅刻する人にとっては、例えば3か月間でも無遅刻で会社に行くとか、結構ツライ。

 

毎日遅刻しないで行く、たったそれだけどのことだが、時間の見たてが甘かったり朝が苦手という性質をもっていると、常に朝早く起きて出社するということが困難な場合がある。

 

そしてそういう人は、寝坊したり、体調がよくなかったり、忘れ物したり、心身的に調子が出なくかったり、もって行かなくてはいけないものが見つからなかったり、ということがどうしても週に何度か起きてしまうのだ。職場が家から10分なんてケースは別かもしれないけど。

 

そういう人の中には、朝同じ時間に行くとうことが苦痛で、会社がツライと思っている人も少なくないのではないかと思う。

 

わたしもそうだった。かつては仕事じたいが「好き!」といえるわけでなはなかったのも一因かもしれないけど、それ以前に、朝が苦手だった。ただ、毎日9時に出社するということは不可能なのだ、と20代前半で気が付いてから、始業時間が遅めの仕事を探すようになった。

 

そして今は、遅刻が必ずしも悪とみなされない世界にいる。遅刻しただけで社会人失格だなんて叫ぶ人がいる世界があるなんて、今のわたしには信じられない。

 

朝が苦手、毎日満員電車に乗って同じ時間に出社することが苦痛だと感じる人は、それを避けられるような仕事についたほうが、毎日はぐんとラクになるのではないだろうか。

 

サービス業なら昼からも勤務もあるので朝が苦手な人にはよいと思う。ただし遅刻には結構厳しいし、遅刻するとダイレクトに職場に迷惑がかかるけどね。

 

マスコミやIT業界は、会社によるぶぶんもあるが、たぶん、他の業界にくらべて時間にはかなり緩いと思う。わたしが今在籍している会社はとくに規模が大きい上に、フリーランスの人も出入りしているので、それもあるのかもしれないが。

 

あとは、CEO、もしくは社員の平均年齢が若い会社もフレキシブルな職場が多い気がする。

 

でも、たぶん、世の中上には上がというが、今はフレックス制の職場もあるし、遅刻とという概念すらないような環境もあるだろう。

 

もちろん、アポの時間とか、会議の時間とか、確実に約束がある場合や、自分がいないとはじまらない仕事、などもあると思うので、そんなときはわたしや多くの人も遅刻せずに行くと思う。ちゃんと準備します。ただ、この特別な日、という意識がないときついのです。でも、毎日特別な日と思えば?と思われるかもしれないが、それはそれで、非常に疲れるのです。

 

あとは、どうしても決まった時間に業務をしないといけない職種や業界もあると思うので、そうい場合は別だけどね。そういう仕事はきちんと時間通りに行動するのが苦痛でない人がやればいい。朝が苦手、毎日規則だたしく出社するのが苦手な人はそういう仕事にはつかないほうがいいと、わたしは思う。もちろん、どうしてもその仕事に就きたくて、苦手を克服できるパワーがみなぎるような仕事であれば、長年やっていれば、もともと遅刻しがちな人でも慣れるのかもしれない。

 

でもそういう業種以外で、毎日毎日9時とか同じ時間に出社を強制されるのは、結局、会社が給料や社員の働きぶりを管理をしやすいためでしょう。会社側からしたらそのほうが都合がいい。それはまぁ悪いことではなく当然といえば当然なのだが。

 

そうじゃなかなったら、例えば事務仕事だったら9時15分に来たら18時15分まで働けばよくないですか?でも管理するために一律9時出社だったら9時と決まっている。毎日残業しても、怒られることはない。たくさんはたらいてくれるぶんには、会社としてはうれしいからね。

 

結局、始業時間過ぎることがいけないというのは、会社の都合なので、それをひたすら守る義務は人間にはないと思う。だから、単なる同僚や社外の人が自分の仕事には差し触りもないクセに、遅刻するなんて非常識、なんて言う筋合いないと思うんだよな。上司は「会社として」注意する義務は出てくるのかもしれないけど。

 

ということで、結論としては、「遅刻イコール悪」ではない。遅刻しただけでガミガミ言われない世界(仕事)は、世の中に数えきれないほどあって、なので、遅刻くらいでガミガミ言われたくない人は、そういう世界を選べばいいんだよ。選べる世の中になってきてると思うよ。

 

もちろん、仕事がちゃんとできる範囲内では会社に来ないと、まわりも自分が困ってしまうけどね。でも、アポもなく誰に迷惑かけるわけでもなく、5分や10分の遅刻で人として失格みたいな空気は、やっぱり理解できないな。

時間の使い方が下手な人に試してほしいこと

もっと時間を有効に使いたい!

わたしは時間の使い方がものすごく下手だ。

 

休日は、よほどの予定がなければ、できるだけお昼まで寝ていたいし、くだらないニュースをおいかけネットサーフィンがやめられなくなることもあるし、無計画に家や会社やカフェを出て、電車を20分も待つ羽目になったりする。

 

なかでも特にダメだなと思うのは、執筆の仕事をするために、リサーチや勉強やブログの更新やべきことはたくさんあるはずなのに、家で時間があってもついテレビや、SNS、考え事をしているだけで時間が過ぎてしまうときだ。

 

せっかく正社員の座を捨てて、時間に余裕のある派遣ライフを選んだというのに、これでは意味がないではないか。

 

やるべきことが全く進んでまないのはなぜなのか。改めて考えてみたところ、やるべきことがたくさんありすぎて、時間があってもどれから手をつけてよいのかわかっていなくて「ついテレビや、SNS、考え事をしているだけで時間が過ぎてしまう」状況に陥っているのだということに気が付いた。

 

googleカレンダーさんを利用してみる

 

そこで、試してみたのが、googleカレンダーに細かくスケジュールを入れておくことだった。

 

そんな単純なこと?と多くの人が思うだろう。わたしもそう思った。でもたぶん、時間を使うのが下手な人は、そもそもスケジュール帳なんて使ってないか、使っていてもおおざっぱにその日にやることや外出の予定をメモしている程度ではいだろうか?そんな人ももっと細かくスケジュールを立ててみることことがおすすめだ。時間に追われている人や、勉強などやりたいことがあり時間を有効に使いたい人はぜひ試してほしいな。

 

細かくスケジュールを立てることのメリット①

 

仕事のスケジュールのように細かく、例えば移動時間や食事や身支度とか家事とかも予定に入れてみると、1日にどのくらい自由時間があるのかが明確になった。すると「手もちの時間はこれしかないのか」と認識することができた。

 

たった2時間しか使えないんだ、半日は費やせると思ってたけど4時間しかしか作業する時間はなかったんだ、とわかると、これだけでも自然と時間を有効に使おうと思えるし、2時間ならあの作業はできないから、あっちのタスクをかたづけよう、とか効率のよく計画を立てることができる。

 

細かくスケジュールを立てることのメリット➁

 

そして、何より、何をするかあらかじめ決めておくことで、「で、時間あいたけどわたし今から何しよう?」と迷っているうちに、ついSNSに手がのびる、ということが減った

細かくスケジュールを立てることのメリット③

また、事前にスケジュールを立てやるべきことがわかっていると、明日はあれをやるから、必要な資料用意しておかなくちゃ、とか、通勤であの本を読んでおこうブログのネタ考えようとか、事前に隙間時間で準備が進むので、とても効率がいいことに気が付いた。

 

今までは「そうだあれをやろう」と思ってから準備するのでそのぶん時間はかかるし、必要なものがないことに気が付き「このタスク今日できないじゃん!えーっと、じゃあかわりに何しよう……?」なんてことも少なくなかった。

 

きちんと予定通りにすべてこなせないことも多いのだけど、スケジュールを立てていないときに比べると、to doリストの進み具合に雲泥の差。まだ始めたばかりだが、どうにかこれだけは続けていこうと思う。

 

「スケジュールを立てる」たったこれだけで、生活の質がぐんと上がって驚いた。こんな簡単なことでこれだけ生活が変わるのに、なんで今までやらなかったんだろう……。googleカレンダーがなかったから……?

わたしが仕事をズル休みをしていた5つの理由

ズル休みは本当にいけないことか?

 

「ズル休み」というと、ものすごく悪いことで絶対にしてはいけないものだと、わたしは思っていた。

 

それなのにわたしは、仕事をズル休みしたことが何度もある。だから、過去に、仮病を使い休んでは罪悪感を感じていた。

 

でも、最近、思う。

 

ズル休みをするのは、本当に悪いことなのだろうか?

 

たぶん、めちゃくちゃ大事なアポやプレゼンがあるのに、雨降っているからとか、家でゴロゴロしたいから、というような理由で、休んじゃおー!という人は、日本人にはあまりいないと思うのだ。

 

 

「ズル休み」(正確にはと呼ばれてる現象)に至った原因を深堀りしてみると、ズル休みをする理由があったり、実はズル休みではなかったりするんじゃないだろうか。

 

 

ズル休みにも、いろいろと種類があり、精神の不調、カラダの不調、仕事のペースに無理が生じている、か、誰がどう考えても本当のズル休み、などだ。

 

 

今回は、ズル休みをする(というかわたしがした)理由と原因を詳しくさぐってみた。

 

ズル休みの理由1:実はカラダに不調があった

 

ただ会社に行きたくない。それだけで休むなんて、立派なズル休みだと感じるが、経験上、実は、貧血やPMSなどカラダに不調があったというケースが少なくない。最近は、これは貧血だとかPMS(生理前にイライラや憂鬱な精神症状が現れるなどなんらかの不調のこと)だとかわかるし、少しは事前にケアする術を覚えたので、これらで休むことは今はあんまりなくなったかな。

 

あと、行こうと思えば行けるけど、なんとなく調子が優れない、カラダがだるい、なんてときも、休むと罪悪感を感じてしまうものだが、本来は全然休んでいいと思う。がんばって行って悪化するより、症状が軽いうちに休んで早めに直したほうが、会社にとっても本人にとってもいいのに。なんとなく日本では、風邪であれば、下痢がとまらない、とか、熱が38度以上あるとか、かなり最悪じゃないと休んじゃいけない、みたいな空気があるのはなぜだろう。

 

「行こうと思えば行けるけど調子が悪い」ときの休みのはズル休みでない。

 

若い頃はサービス業をしていたこともあり(日によって、誰かが休むととんでもなく忙しくなる)、行こうと思えば行けるくらいの不調で休むことに罪悪感を感じていたが、本来は、1人休んだだけで、まわらなくなる会社の体制のほうがおかしいのかもしれない。

 

ズル休みの理由2:著しい精神的疲労を感じる

 

とにかく、仕事が原因であれ、プライベートが原因であれ、精神的に疲労困憊している状態。これも、高熱にうなされているわけでもないのに、休んでいいものか?と罪悪感を感じてしまうものだが、どうしてもつらいときは、やっぱり休んでいい。1日や2日休んで、うつ病を免れるならぜんぜん大したことないのだ。

 

とにかく精神的に参っていて「ふとんから出るのも苦痛」とか「これから電車に乗るなんて信じられない」なんてときは休んでも、ズル休みではない。「心身の不調」と捉えて罪悪感もたなくてもいいと、少し前から思うようになった。

 

ズル休みの理由3:働きたくない(逃げたい)

 

わたしは、過去にあまり好きではない仕事をしていたときには、ただダルくて、正真正銘のズル休みをしたこともある。でも、がんばって行った日もある。がんばって行くコツは「今日はとりあえず行くだけでいい、会社に行けただけでえらい」と自分にい聞かせること。とにかく、行くだけでいいから、隙があったらサボってもいいし(実際は意外とまじめなのでさぼらいんだけど)、愛想もふりまかなくていいと、自分にいいきかせて、なんとか家を出ていた。

 

でも、この、逃げたい、も実は、仕事が合っていないよ、自分の道ではないよ、疲れているからペースダウンしたほうがいいよ、というサインであり、「2:著しい精神的疲労を感じる」と紙一重。重症になったら休んでもよいのでは?

 

わたしの場合は、自分にあった仕事を見つけてから、このただ働きたくなくて逃げたくてズル休みすることはなくなった。自分にあっている仕事をすることは大事だ。

 

ズル休みの理由4:実は仕事のペースが合っていない

 

長時間の通勤と一日8時間労働、ときには残業などで、とにかく時間に追われている……やらなきゃいけないことや、やりたいことも考えたいこともたまっていて、家も散らかっているし、頭がどうにかなりそう!!!!ということが、過去に何度かあった。休日出勤があったり、休日はあっても疲れて寝ていて、精神的疲労が回復しないとか、とにかく、混乱しているときだ。

 

そんなときにも、わたしは仮病をつかって休みをもらうことがあった。家事やたまっている用事を片付ける時間や、考え事などをして精神を落ち着かせるための時間がどうしても必要だったから。「2:著しい精神的疲労を感じる」と似ているが、「4:仕事のペースが合っていない」は、生活を整える時間がなくて、著しい精神的疲労を感じており、時間さえあれば「著しい精神的疲労」を取り除くことができる。

 

一般的には、ズル休みの範疇といえるかもしれない。立派なズル休みでしょ!という声が聞こえてきそうだけど。

 

しかし、のちのち、仕事や働くペ―スがあっていないと、どうしても定期的にこの混乱日が訪れてしまう……ということに気が付き、わたしは、まぁ、やりたいことへ注ぐ時間もつくりたくて、フルタイムの会社員を退職したわけだけど。

 

これはよく考えたら当然で、だって、体力も、必要な睡眠時間も、通勤にかかる時間も、疲労を回復させる能力も、人それぞれ違うんだから。フルタイムで働き、生活がまわらなくなる人がいても、なんもおかしいことではない。

 

最後に:言い訳できないズル休みって?

 

寝坊しちゃって、なんとなく、とか、遊びに行きたいから、とから、そういった理由で休むのは、確かにズル休みかもしれないし、そんなときも休んでいいよ、胸をはってすすめることはさすがのわたしもできない。ただ、それも究極をいえば本人の自由だとはわたしは思うのだが。

 

といいつつ、寝坊しちゃって…は、はるか昔にわたしもなきにしもあらず……。

 

ただし、今回こうして、「ズル休み」を深堀りしてみると、わたしの場合は純粋なズル休み(?)は意外としていないことに気が付いた。

 

もちろん、休めば迷惑をかける場合もあるし、給料、もしくは有給は減ってしまうし、大事な日に休むと、まわりだけでなく、自分もあとから大変にあるケースも多いので、そのあたりは自己判断で。

 

でもでも、やっぱり思う。日本の社会がもっと気軽に休めたら、過労死なんて言葉は生まれなかったかもしれない。つらいときはとにかく休もう!



お金をもらえる分だけ働いていればいい。「労働」にムダな努力はいらない

「労働」と「仕事」は違う

過労で心を病んでしまう人がいる原因のひとつに、「労働」と「仕事」の区別がついていないことがあげられるのではないかと思う。

 

三省堂の「新明解国語辞典」によると、それどれは以下のように説明されている。

 

労働

収入を得ることを目的として、その人自身のからだを使ったり、頭を働かせたりして、行動すること。

 

仕事

からだや頭を使って、働く(しなければならない事をする)こと。

 

2つの違いが、シンプルだけどわかりやすく表されていると思う。「 労働」は、金のための行為で、「仕事」はお金に関係なくても、「しなくてはならない」(=自分にとって必要なこと、それをせずにはいれらない)と思える行為。

 

何が言いたいのかというと、給料をもらうことを引き換えに働いている、サラリーマンは、金をもらえる分だけ「労働」していればいいのである

 

過労がたたり、体や心に支障をきたす人は、たぶんもらっているお金のぶん以上に「労働」をしてしまっているのだと思う。

 

みんなもっと働いているからとか、やらないと上司に怒られるから、人が足りなくて仕方なく2人ぶん働いている、とか、そもそもの仕事量が給料と比べて多すぎる、そういう理由で同じ(もしくは見合っていない)給料で、必要以上の業務量や責任やらが増えるのは、本来間違っている。なぜなら、「労働」とはお金のために働くことだから。

 

だから、本当はみんなもっと、これは単なる労働だ、と割り切っていいと思うのだ。

 

 

「そんなの甘い。社会人として、生きていくにはもらっているお金以上に働かなないと、通用しないよ」 という声も聞こえて来そうだけれど、お金のぶん以上、もしくは給料に関係なく働くには、本人にとってそれが「労働」ではなく「仕事」でなくてはいけない。

 

・お金をもらう以上に働くべき。

・人から感謝されるように働くべき。

・お金をもらってるぶんだけ働いてたんじゃ、社会で生きのこれない。

・ときには我をわすれて努力すべき。

・ときにはがむしゃらに働くことも必要。

・給料もらっているんだから、プロとしてできることは何でもこなすべき

 

なんて内容の記事とか意見や言葉を目にすることは多い。でも、給料をもらっているからという動機だけで会社からいわれたことだけをこなす働き方で、このような精神論の数々を当てはめると、きっと心は壊れる。

 

これらは、ぜんぶ自分で選んだ仕事でかつ、お金は関係ないもしくは第二で働くことが身になると思える「仕事」に対する内容で、いわれたことをこなす「労働」にあてはめるべきではないのだ。

 

それなのに、働く人も企業も、マスコミも、だいたい、労働と仕事をごっちゃにしてしまっている。

 

というか、労働という概念を認識していない人があまりにも多いのではないか。もっといえば、労働者=いわれたことしかできない人、もしくは、日雇いで働く人、というイメージにより、社会の邪魔ものようなイメージ。どうも「クサいものにふたをする」ようなフシがある。

 

 

でも、わかりやすくいうと、一生涯毎月100万円もらえます、といわれても続けるのが「仕事」、やめて違うこと、もしくは好きなことをするぞと思ったら、それは「労働」なのだとわたしは思う。「新明解国語辞典」もそういっている、たぶん。

 

そういうと、キャリアのある人などは「そもそも労働をするな、仕事をしろ」というだろう。わたしもそう思う。

 

給料をもらっている中で、お給料以上に、自分が成長したい、楽しい、天職だと思える、スキルアップのため、と思える「仕事」をしながら働けるのは素晴らしいことだと思う。

 

ただ、日本の会社は部署や職種をまたいでの異動もあり希望の仕事ができるとは限らないし、どうしてもお金が必要で働かなくてはいけない人もいるし、やりたいことがわからず「労働」を続けている人、プライベート重視で労働とか仕事にこだわらない人、いろんな人がいると思うので、一概に、やりがいのある仕事に就きなさい!なんていえないはずだ。

 

また、「労働者」を脱しようと、何か自分がやりたいプロジェクトや企画を提案しようにも、よほどのバイタリティがある人か、よほど恵まれた環境でないと、やらなきゃいけないことをこなしながら、自分のやりたい仕事をやるのは日本の会社では厳しいだろう。

 

だから、スーツを着た日本のサラリーマンにも「労働」をしている人は多いと思う。いわれたことをあれこれ、給料のために「労働」しながら、上記の精神論を真面目に信じて、長時間労働なんてしようものなら、体や心がおかしくなって当然だ。

 

だから、会社員は、給料以上に働きたいと自然と思える人だけ、給料以上に働けばいいと思う。そうじゃない人は、もらっている給料のぶん、淡々と働いていればいいはずだ。残業だってムリにする必要ない。もちろん、さぼってもいいとか、仏頂面で仕事していいということではないし、働くうえで業務を覚えることは必要だとも思うが。

 

そもそも、それが普通なはずなのに、日本の会社はどうも、貰っている給料以上とか、決まった業務以上に働かなくてはいけない、という無言のプレッシャーがあるように思う。

 

もちろん、給料関係なく、自分が楽しんでできる仕事をできたら1番だし、素晴らしいけど、「給料以上に働きたいと思える人」がスタンダートになってはいけない。(ただい、給料関係なく働く=残業、というわけでもないと思うのでそのへんもご理解を)

 

(ちなみに、ブラック企業でもないけど「淡々と働くのもツライ」という人は、職種か労働時間を見直したほうがいいと、個人的には思う。)

 

でも本当の理想は、働く側が「給料以上に働きたいと思える仕事や趣味を職業にすること」かもしれない。プラス会社側の長時間労働じゃなくても利益を出せる仕組み。

 

自分は今どちらかというと労働をしていると思った人は、これは単なる労働だと割り切って働いていい。(どちらかに明確にわけられないこともあるかもね。心持ちしだいで変わるので、仕事50%、労働50%かなという人もいるかもしれないけど。)

 

「そんなこと言ったって……仕事は減らない」「働かないと生き残れない」とか思う人には、こう問いたい。

 

同じ仕事をしていても、

 

これは労働だ。給料もらっているぶん働いていればいい。自分は給料の分はもう働いているからあとはできなかったら仕方がない」と思って働いている人と、みんなもっと働いているのに、自分はこんな仕事でツライなんて……。もっと働かなきゃ」と思って働いている人、どちらが精神衛生上よくないか?答えは一目瞭然だろう。

 

ちなみに「労働」ではなく、「仕事」をしていても、過労がたたるケースはあるんじゃ?と思う人もいるかもしれないけど、個人的には、病気になるまで働いてしまうのは、何らかの圧力があるが故、と思うので、本人は仕事のつもりでも、「労働」の割合も多かったのでは?と思う。特にメンタルやられてしまった場合などは。

 

っていうか、書き終わってちょっと笑ってしまった。もらう給料のぶんだけ働けばいい、って超当たり前のことじゃん!その当たり前の権利が日本の会社員には少なすぎやしないか……?

なるべく働かないで生きるための4つの方法

週に5日も労働したくない

 

アクセスログをチェックしたみたら、PVが上がっていて、

gerdamonroe.hateblo.jp

という記事が人気で仲間がたくさんいることが判明した。うれしい限りだ。

 

わたしも、なるべく働かないで好きなことをしようと思っていたのに、気が付いたらうっかり週5日働いてしまい(ふつーの人よりはゆるい働き方です、たまに原稿書くのがだるくてダラダラ小休憩いれたりしているので)また息苦しくなっていたところだった。

 

そこで、改めてどうしたらユルく働いて生きていけるか、を真剣に考えてみようと思う。だって、週に5日働かなくても生きている人は、実はめちゃくちゃ多い、はず。そして、そんな人たちは、主に次の4つの分類できるのではないだろうか。

 

1.世捨て人系

 

田舎暮らしやシェアハウス暮らしなどをし、自炊に勤しみ、娯楽はインターネットと読書と料理という生活。極力労働をせずに、豊かに(楽しく)生きている人たち。この世界を実現していて、例えば著書をもっている人には、もとニートのphaさん、持ち家とわずかな貯蓄を頼りに仕事につかない道を選んだ山崎寿人さん、隠居系男子と名乗り、週2日だけ働き自由きままに生きる、大原片扁理さんなどがいる。貧乏が苦でない、田舎暮らしやスローライフに興味がある人は真似できるかも。

 

2.養ってもらう系

 

専業主婦や、同棲してる彼氏が金持ちとか、働きたくなくて、というより運や、必然的なできごとにより養ってもらっている人のほうが多いかも。

それ以外では、親が比較的裕福でかつかなりのリベラリストであり、ニート、もしくはそれに近い状態が許される恵まれた人。親の育て方がよい(とわたしは思います)と、フルタイムや正社員で働いていない、ということに本人は罪悪感をもたず、親もガミガミいわずに見守っている。

 

3.フリーターを極める

 

非正規の労働人口が増えていることがよく問いただされているが、本当に問題なんだろうか、と、いわゆる「労働」がキライな私は思ってしまう。望んで非正規な働き方をしている人も結構いると思う。

 

夏はサーフィン三昧で暮らしたいから、世界を放浪したいから、正社員に興味がないから、もちろん、週5日働くのは大変だから、という理由でフリーターを選んでいる人もいるだろう。ただし、実家暮らしか、貧乏でも苦にならないか、ある程度の時給の仕事をこなすスキルがある、のうちどれか一つは持ち合わせていないと難しいかも。

 

4.手に職をつける

 

少ない時間でたくさん、もしくは人並みの生活ができるくらい稼げる人。そんなに難しくはないけど、誰でもいつでもこの状態できるというわけでもない。ブロガー、投資家、ライター、作家、カメラマン、士業、などもここに。

 

薬剤師さんとか看護師とかも、週3、4の労働で生きていけそうだし、要は職業に限らずスペシャリストになって収入をアップさせれば、週に5日働かなくても生きていくことができる。これは職種によってアプローチがまったく違うが、得意なことか好きなことどちらかを仕事にするのがよい。両方だったらなおよい。

 

この生き方は、ぶっとんだ生き方はできないけど、週5日も労働に費やすのは無理!と思っている人、やりたいことが明確な人におすすめだ。

 

==

 

自分の働きたいペースで生きている人は、だいたいこのうちのどれかか、もしくは、1〜4のミックス型(誰かに養ってもらいながらスペシャリストを目指しているとか、バイトをしながらスペシャリストを目指しているとか。世捨て人になりながら、週2日だけバイトをしていたるとか)であると思う。そこで、ユルく生きるために、自分の現在のスキル、性格、環境を踏まえ、自分に1番しっくりくるものを選び、そのライフスタイルで生きている人の真似をしたり、その人の本を読んでみるのはどうだろう。

 

今の時代、フルタイムよりも少ない労働時間で生きていくことは、 独身であれな全然難しくない世の中なのかもしれない。


必要なのは、気合い、それを手に入れるまであきらめない根気、覚悟、世間体を気にしないこと、かな。あとは、借金がないこと、くらいだろうか。

 

「仕事が好きで残業したい人もいる」「うん、そうだよね、そんな人も……?」え!そんな人まわりに何人いる!?

昔から、日々残業を厭わなという姿勢を理解できなかった。

 

社会に出てからほとんど毎日定時になったらソッコー帰りたい!と思っていた。

 

編集やライターの仕事をするようになると、働くことが少し好きになりその気持ちは少しだけやわらいだ。

 

でも、週5日働ていてほぼ毎日残業だとやっぱつらい。ゆっくりする時間が全然ないし、日常のことが終わらない。歯医者とか行けない。そして、ただでさえ仕事のストレスでやられているのに、残業すると回復する前にまた仕事!で、週末だけではダメージをもとに戻せないではないか。

 

そんでもって毎日会社でコンビニこはんで済ませてながら平気な顔でいる人とか見ると、人間としての基本(食)をおろそかにまでして働いて、どうして普通の精神状態でいられるんだろう、とどうしても思ってしまう。まさに、生きるために働いてのではく、働くために生きている本末転倒な状態だと思う。

 

よく、ネットなどで、でも仕事が大好きで好きで残業したい人もいるではないか、という意見を目にする。そうだよな、確かに体力もあって、仕事が趣味!むしろ残業してでも成績あげたい!いい企画出したい!そんな人もいる…、いるよな……。え?そんな人いる!?

 

そういう人もいるよなーって思いかけたのだが、36年間生きていて自分の経験上、思い浮かんだのは、2、3人程だった。もっともらしいこの意見にだまされそうになったけど、実際にはものすごく少ないんじゃないか。クラスで1人とか、多くて2、3人のレベルなんじゃないのか!?そんな少数意見のために、残業を肯定するなんて間違ってる!

 

そりゃ、ここぞというときに(納得いく企画が思い浮かばないとか、接客業ならクレームうけてる真っ只中とか)定時を過ぎてしまうということは、日本人ならどんな人でもあると思う。そのぶん顧客やクライアントになったときに不快な思いをすることは少ないという恩恵をうけているから、日本にいる限り多少は仕方がないのかなと思う。だからといって毎日残ってでも仕事がしたい人とは別だ。

 

いや、もちろん、自分の経験を通しての話なので、もっとキレキレの仕事ニンゲンたちが集まった会社とか、業界や職種によってはもっといるかもしれないけど。でもそういった組織では、好きでやっているというより残業が当たり前すぎて、残業と感じていない人が集まっているのではないか。

 

それでも、今日やる仕事はパーフェクトに終わり、帰っていいよと言われても残って仕事したい!という人は、やっぱりどんなに多くても10パーセントくらいなんじゃないだろうか、と思うのだ。完全なる推測だけど。

 

もちろん、必要であれば残業が苦でない人というのは日本にはたくさんいるかもしれない(残業代で稼ぎたい人も含む)が「苦ではい」と「残ってでも仕事がしたい!」というのは違う。

 

「残ってでも仕事がしたい!」という人は、会社以外の活動で何かをインプットするなり仕事のスキル高をめるなりしてくれと思うのは私だけだろうか。

 

残業する人が増えるととにかく、残業しないとまわらないプロジェクトや組織や会社になっていくから。それに、キャパシティの低い人や、さまざまな事情を抱えた人、家庭をもっている人が巻き込まれる。それだけならまだしも、下手をすると真面目でノーといえない人たちが命を落とすことにまでなるのだ。

 

あ、もちろん、芸術家とかフリーランスとか自分で何かをやっている人(要は雇われていない)は、別(残業自体存在しないですよね)ですが。